お茶を飲みながら  岡晴夫の「国境の春」

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私はカラオケというものが嫌いではありません。
どちらかといえば好きな方です。歌うことはもちろん大好きですし、私にとっての愛唱歌というのも、あまりジャンルを問わずにけっこう広いほうだと、自分では思っています。
歌は好きなのに、カラオケについてはなにかはっきりとしない言い方なのは、あまり行かないからです。
私の場合、自分からカラオケに行ったのは、これまでに一度だけ。

その他の数少ない回数は、みなお付き合いです。
それがなぜ好きかどうかという意思表明になると、はっきりとしないのは、マイクが回ってくる順番待ちがくたびれるからです。

一人でカラオケに行った時には、20曲くらいを立て続けに歌わないと、歌った気がしない私にとっては、お付き合いのカラオケはどうも苦手なのです。
といって一人で行くということになると、どうも忙しいのか、億劫なのです。なんでしょう、ほんとうに、好きなのか嫌いなのかわからないでしょう。

それでも今年は5月にちょっとした旅行をすることになりました。
そのツアーはカラオケ好きの団体で、ゆけばホテルでカラオケ会がおこなわれることは確実です。いやおうなく私は付き合わなければなりません。
それで何を歌おうかなと考えて、今回は「国境の春」にしようと思いました。
これまでも自分で練習はしてきたつもりの歌です。
ところがいざ仕上げとおもってやると、これが難しい歌だったのです。

歌手岡晴夫の昭和14年のデビュー曲ですが、作曲者の上原げんとにとっても、メジャーデビュー作でした。
こまどり姉妹の「浅草姉妹」同様、このレコードも初物の良さがあって、それが私をとらえているのですが、とにかく音域が広くて、高音域の歌いまわしは地声ではとてもできません。

昭和40年代の半ばに懐メロブームが起きたときには、岡晴夫はテレビにもよく出ていました。そのころの岡さんには、デビューから戦後の昭和20年代にかけてのような、甘い美声も颯爽とした風貌も、もはやありませんでした。
それでも「港シャンソン」や「青春のパラダイス」「男の涙」といったヒット曲はよく歌っていました。しかしこの「国境の春」は、重要なデビュー曲であるにもかかわらず、私の記憶では当時歌っていなかったと思います。
今自分で歌ってみて、これはほんとうに難しいということを実感しました。

それにしてもデビュー当時の若かった岡晴夫さんは、ほんとうに見事にこの曲を歌ったものだと思います。
カバーは私の知る限り、春日八郎さんのものだけです。
ただ岡さんの盤では、2番と3番の間に、バラライカによるドリゴのセレナーデがアレンジではいっていますが、春日さんの盤にはありません。

歌詞にあるように、ソ連と満州の国境の街で、バラライカが聴こえるようなところといえば、おそらくはハルビンでしょう。
やはりバラライカが入ったほうがいいと思います。

何曲でありながら、曲想はいかにも昔懐かしい映画館の、休憩時間に館内に流れたら雰囲気ぴったりという感じです。
おせんにキャラメル、バタピーにタバコの煙もくもくという、今はもうすっかり失われた、あの大衆文化の臭いがしてくるような、懐かしさを覚える歌です。




-お茶を飲みながら

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